大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成4年(行ツ)165号 判決

神奈川県厚木市長谷三九八番地

上告人

株式会社半導体エネルギー研究所

右代表者代表取締役

山崎舜平

右訴訟代理人弁護士

野上邦五郎

杉本進介

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 麻生渡

右当事者間の東京高等裁判所平成二年(行ケ)第一九六号審決取消請求事件について、同裁判所が平成四年六月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人野上邦五郎、同杉本進介の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断及び措置は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 大白勝)

(平成四年(行ツ)第一六五号 上告人 株式会社半導体エネルギー研究所)

上告代理人野上邦五郎、同杉本進介の上告理由

第一、 事件の概要

一、 本願発明の要旨

上告人が、原審に対し特許庁の審決の取消を求めた本願発明の要旨は次のとおりである。

「P型、I型又はN型の導電型を有する半導体であって、水素又は塩素を含有するSi1-XCX(0≦X<1)を基板上に多層積層し光電変換半導体装置を作製する方法において、a 基板の移送方向に従って基板の取入口、少なくとも二つ以上の反応室および基板の取出口を有し、b 前記各室には真空排気手段が別個に設けられ、かつ各室には基板の通過時には開き、基板上に半導体層を形成中は閉じている開閉手段が設けられて隣接反応室よりの反応性気体の混入が防止され、c 前記各反応室には反応性気体、導電型を決定する不純物の尊入手段および該反応性気体を励起する為の誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段がそれぞれ別個に設けられ、前記a、b、cを備えた装置において、第一の反応室で基板上にXの値で定められたエネルギーバンド巾を有する水素又は塩素を含有するSi1-XCX(0≦X<1)なる第一の半導体層を形成する工程と、該半導体層が形成された基板を第二の反応室に開閉手段を介して移動させる工程と、第二の反応室でXの値で定められた前記第一の半導体層とは異なるエネルギーバンド巾を有する又は前記第一の半導体層と異なる導電型を有する水素又は塩素を含有するSi1-XCX(0≦X<1)なる第二の半導体層を第一の半導体層上に形成する工程を少なくとも有することを特徴とする光電変換装置作製方法。」

二、 特許庁における手続の経緯

1、 原審原告は、昭和五三年特許願第一五二、八八七号の特許願に基づいて、特許法第四四条第一項の規定により、発明の名称を「半導体装置作製方法」とする発明について、昭和五六年四月一五日に、分割出願をなした(昭和五六年特許願第五五、六〇八号)。

右出願は、昭和五七年一二月一四日付で拒絶査定を受け、これに対し原審原告は、昭和五八年二月二二日に拒絶査定不服の審判を請求した(昭和五八年審判第三、二〇二号)。その後、原審原告は、昭和五八年三月二二日付手続補正書で、発明の名称を「光電変換半導体装置作製方法」に変更した。そして、右審判において、昭和六二年八月一三日、右出願は公告され、同年一〇月一三日に特許異議申立がなされた。

特許庁は、右審判において、平成一年一月一〇日付で、「本件特許異議申立は、理由があるものとする。」との決定、及び「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、当該決定及び審決の謄本は、平成一年二月二二日に原審原告に送達された。

2、 審決の要旨

審決は、引用例一(昭和五三年一〇月一一日 出願公告、特公昭五三-三七七一八号)、引用例二(昭和五三年一一月一六日 特許庁資料館受入、米国特許第四一〇九二七一号)、引用例三(昭和五三年一一月二四日 出願公開、実開昭五三-一四九〇四九号)、引用例四(実願昭五二年-五四一七六号の願書に最初に添付された明細書及び図面を撮影し、昭和五三年一一月二四日 特許庁によって発行されたマイクロフィルムの写し)のそれぞれの内容を示し、本願発明と引用例一、二とを対比し、その一致点と相違点を認定した後、相違点につき次のように判断した。

すなわち、「本願発明が採用するプラズマ気相反応によるものではなく、真空蒸着、イオンスパッタリング等によるものであるが、基板の移送方向に沿って、順次基板の仕込室、少なくとも二つの反応室と基板取出室を隣接させて配置し、前記各空間には基板及び基板ホルダーを通過させる為の開口部と、この開口部をふさぎ各室を個々の部屋に仕切り、半導体作成用反応物質の相互の混入を防ぐ為のゲート弁を設けた表面処理装置によって、異なる被膜を連続適に積層形成することが第三引用例、第四引用例に記載されているように本願の出願前から公知であれば、本願発明のように、上記の真空蒸着、イオンスパッタリング等と同様に被膜作製のための慣用技術であるプラズマ気相反応において、基板の移送方向に従って基板の取入室、少なくとも二つ以上の反応室および基板の取出室を設け、この連続配置された反応室中に基板を通して、各々の反応室内で、隣接反応室間を遮断した状態で固有の被膜の作製を行い、連続適に所望の半導体層を積層して作成することは、当業者が容易に想到しうることと認めざるを得ない。

そして、この場合に、各反応室に、反応性気体、導電型を決定する不純物の導入手段および該反応性気体を励起する為の誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段を設けることは、隣接する反応室を遮断した状態で反応するのである以上当然のことと認められる。

また、本願発明の全構成によって生じる明細書に記載された効果をみても、当業者の予測の域を超えるものがあるとは認められない。」と判断した。

そして、この判断をもとに、「したがって、本願発明は、第一引用例、第二引用例、第三引用例、第四引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第二九条第二項の規定によって特許を受けることができない。」と判断した。

三、 原判決の要旨

原判決は、まず、審決が引用していない新たな証拠(乙第二~九号証)から、本願出願前における本願発明ないしこれに隣接する技術分野における周知技術の状況と称して、いくつかの事項を認定している。そして、この認定したいくつかの事項を、審決が引用した引用例の内容を明確にするために援用するのではなく、審決が引用した引用例に加えて、この両者により本願発明の容易推考性を判断し(原判決二〇丁裏一〇行~二五丁表八行)、引用例三、四の、蒸着法、スパッタリング法とプラズマ気相法が同一技術分野に属するとして、引用例三、四より半導体製造の多量化、高生産性の観点からみて、本願発明と、引用例一、二との相違点に係る連続多室方式の採用が容易に想到可能であるとした審決の認定判断に誤りはないとした(原判決二五丁表一一行~二六丁表三行)。

そして、真空排気手段の点については、審決に明示的記載はないが、審決は、各反応室毎に真空排気手段を設置することも含めて、相違点についての本願発明の構成を想到することは当業者にとって容易であると判断したものと解するのが相当であるとした(原判決二六丁表四行~同裏一〇行)。

また、本願発明の相違点に関する構成は、気相法における半導体製造工程における汚染原因の究明なくして想到することは困難であるとの参加人の主張に対しては、蒸着法やスパッタリング法と気相法とが同一の技術分野に属していること、及び蒸着法やスパッタリング法においても、気相法のように、残留ガスによる汚染の影響が問題とされていたこと等が既に周知の技術的事項として明らかにされていたという誤った認定から、蒸着法やスパッタリング法における反応室を連設する製造方式及びそこにおける汚染防止手段が、気相法の製造方式に示唆をあたえることは十分可能であり、これに基づいて相違点に関する本願発明の構成を想到することは容易であるとした。そして、汚染原因の解明とは係わりなく、多量生産の観点から、反応室を連設する方法及び各反応室毎の独立した真空排気手段の汚染防止手段を想到することは可能であり、本願発明の相違点に関する構成は、参加人主張の汚染原因の解明の有無がなくても可能というべきであるとした(原判決二六丁裏一一行~二八丁表一一行)。

第二、 上告理由の要旨

一、 (審理範囲の逸脱)

原判決は、審決が引用していない新たな証拠を周知技術として採用し、これを、審決が引用した引用例の内容を明確にするための資料としてのみ援用するのではなく、審決が引用した引用例に加えて、新たな証拠として援用して、この両者により本願発明の容易推考を判断しており、審決取消訴訟における審理範囲を逸脱した違法がある。

二、 (経験則違反)

1 (証拠判断の違法)

また、原判決は、右新たな証拠について、これを周知技術と判断しているが、その判断した証拠のうち、乙第二号証及び乙第七号証についての判断は経験則上是認できないものである。

2 (容易推考についての判断の違法)

さちに、原判決は、これらの違法な認定や手続を前提にして、本願発明が、引用例より、容易に想到しうると判断しているが、これは明らかに、特許法二九条二項の解釈を誤ったものである。

従って、原判決には、これら判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があるから、破棄を免れないものである。

以下、第三、第四において、これらにつき詳細に述べる。

第三、 「審理範囲を逸脱した点」について

一、 (審決取消訴訟の審理範囲)

原判決は、取消訴訟において、審判で引用された引用例以外の新たな証拠を周知技術と称して採用し、これを引用例に加えて、合わせて本願発明の容易推考性を判断しているのであって、これは審決取消訴訟における審理範囲を逸脱した点に違法がある。

二、 (審決の引用していない新たな証拠の援用)

1、 原判決は、審判手続で提出されず、審決で引用されなかった左の証拠(乙第二、六、七、八、九号証)を審決取消訴訟において、新たな証拠として援用している。

(一)、 (乙第二号証)

原判決は、『乙第二号証(特開昭五一-一四一五八七号公報)には、高生産性で、大規模生産に適合する太陽電池装置の製造方法についての発明に関し、八つの隣接する部所(工程)を具えた製造装置が開示されており、右装置においては、第二の部所で基体上に適宜の導電型(N型又はP型)と濃度を有する不純物を含んだ珪素の半導体層を形成する方法として、CVD法、電子ビーム真空蒸着法、イオンスパッタリング法などが用いられること(三頁右上欄一五行ないし左下欄一五行)、及び異なる部所(工程)の間には汚染を防ぐための隔離装置が設げられているため、生産物は完成するまでは、閉じられた体系の外の環境にさらされることがないことから、外からの汚れの侵入等が最少に保たれること(四頁上欄一三行ないし二〇行)が記載されている』と認定している(原判決二一丁表二行~同裏一行)。

(二)、 (乙第八号証)

原判決は、『乙第八号証(特公昭四九-一六二二一号公報)には、連続多段処理方式で半導体を製造する技術の問題点に関し、「半導体のための達続的処理装置の開発に於ける困難な問題は、処理雰囲気の希釈、好ましくない不純物の混入、又は化学組成の変化を生じ得る他の不適合なガスの侵入又は注入による雰囲気の質の低下を防ぐことによりその完全性が維持されなければならない明確な雰囲気を用いることを必要とする操作において更に重大となる。……(半導体素子の連続多段処理)用システムにおいては処理雰囲気の汚染はppmのオーダであっても半導体素子の完全性に重大な影響を有しうるから、かような処理用雰囲気を汚染性の両立不能な不純物から隔離して置くことはますます重要となり、したがって、連続システムの逐次処理用段と段との間の雰囲気の浸透または相互移動の排除、少なくとも実質的最小化を必要とすることは容易に理解することができる。」との記載(二頁左欄下かち六行ないし右欄二〇行)がある』と認定している(原判決二一丁裏一行~二二丁表四行)。

(三)、 (乙第七号証)

原判決は、『半導体における成膜技術についてみると、成立に争いのない乙第七号証(昭和五一年一一月三〇日日刊工業新聞社発行、社団法人金属表面技術協会編「金属表面技術便覧」改訂新版)には、半導体製造に利用される薄膜生成技術として、真空蒸着(高真空雰囲気内で金属・絶縁物などを加熱蒸発させ、その蒸発分子を基板面に凝固きせる方法で、物理的手段である)、スパッタリング(陰極スパッタリングは不活性雰囲気内、主にアルゴンを槽内に流し、〇・〇〇一ないし〇・一トールの圧力に保ち、電極間に数千ボルトの高電圧を印加してグロー放電を起こさせ、不活性イオンをターゲットに加速衝突させ、その運動量変換でターゲット物質が飛散し基板面に到達凝固するもので、気体イオンを利用した電気的手法である。)、イオンプレーティング(イオン化静電メッキともいい、蒸着とスパッタリングを組み合わせたような型で、スパッタリングと同様にアルゴン雰囲気で行う。負の高電圧を基板側にかけ、その周囲にグロー放電を発生させ、そこを通過する蒸発分子又は原子をイオン化及び励起させ、基板面に到達凝固するが、その膜はアルゴンイオンでわずかスパッタリングされながら形成されて行く。)並びに気相成長(ガス状物質の化学反態(熱分解、化学合成など)によって固体状物質が基板状に堆積するもので、化学的手法である。)の四つの方法が示されており(五三九頁下から七行ないし五四〇頁八行)、これらの方法は用途によって適宜選択されるものであること、気相法以外の前記三つの方法においても反応性ガスを導入することにより窒化膜、炭化膜等を形成することが可能であり(五四〇頁一五、一六行)、真空蒸着において反応ガスを蒸着槽内に導入し、反応蒸着を行う場合には、残留ガスの影響をなくするため、一度、高真空度に排気した後、ガスの導入を行う旨(五五二頁一九行ないし二六行)の各記載がある』と認定している(原判決二三丁表二行~二四丁表四行)。

(四)、 (乙第六号証)

原判決は、『乙第六号証(米国特許第三九六八〇一八号明細書、一九七六年七月六日)によれば、剃刀の刃のアレイに対するスパッタリング法による成膜処理において、連設した各成膜室に独立した真空排気手段が設けられた例が示され』ていると認定している(原判決二四丁裏一〇行~二五丁表二行)。

(五)、 (乙第九号証)

原判決は、『乙第九号証(特開昭五三-八五一五三号公報)によれば、シヤドウマスク型カラー受像管のフェースパネル内面のけい光体層上に光反射性金属膜及び熱吸収性物質膜を蒸着形成するに当たり、真空排気手段を備えた蒸着を行う形成室を連続して設けた例が示されている』と認定している(原判決二五丁表二行~六行)。

2、 原判決は、以上のとおり、審決が引用しなかった証拠を多数援用しており、これら証拠を周知技術であるとして、これら証拠から認定した事実をもとにして、これらを前提にして、本件発明と、引用例一、二との相違点についての審決の認定判断の当否を判断している。

これは、つまるところ、原判決は、審決で引用していない新しい証拠を引用例の内容を明確にするためでなく、引用例にこれらの証拠を加えたものによって、本件発明を容易想到と判断したものである。

しかし、原判決の右判断は明らかに最高裁大法廷判決(最判昭五一・三・一〇、大法廷民集三〇巻二号七九頁)の趣旨に反するものである。

三、 (最高裁判例)

右最高裁判例は、審決取消訴訟における「審理の対象」を、「当該審判手続において現実に争われ、かつ審理判断された特定の無効原因に関するもののみ」に限定しており、さらに、その無効原因のうち、発明の新規性については「ある発明が新規なものに当たるかどうかは、常にその当時における『公然知ラレ又ハ公然用キラレタモノ』又は公知刊行物に記載されたもの(以下「公知事実」という。)との対比においてこれを検討、判断すべきものとされているのである。ところが、このような公知事実は、広範多肢にわたって存在し、問題の発明との関連において対比されるべき公知事実をもれなく探知することは極めて困難であるのみならず、このような関連性を有する公知事実が存する場合においても、そこに示されている技術内容は種々様々であるから、新規性の有無も、これらの公知事実ごとに、格別に問題の発明と対比して検討し、逐一判断を施さなければならないのである。同法が前述のような独特の構造を有する審査、無効審判及び抗告審判の制度と手続を定めたのは、発明の新規性の判断の持つ右のような困難と特殊性の考慮に基づくものと考えられるのであり、前記同法一一七条の規定も、発明の新規性の有無が証拠として引用された特定の公知事実に示される具体的な技術内容との対比において個別的に判断されざるを得ないことの反映として、その趣旨を理解することができるのである。そうであるとすれば、無効審判における判断の対象となるべき無効原因もまた、具体的に特定されたそれであることを要し、たとえ同じく発明の新規性に関するものであっても、例えば、特定の公知事実との対比における無効の主張と、他の公知事実との対比における無効の主張とは、それぞれ別個の理由をなすものと解さなければならない。以上の次第であるから、審決の取消訴訟においては、抗告審判の手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないものといわなければならない。」としている。

すなわち、前記最高裁判決は、「審決取消訴訟においては、審判手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することはできない」と判決しているのである。

四、 (最高裁判例の趣旨)

つまり、右最高裁判決は「ある発明が引用例A、Bの二つの引用例の記載から、当業者が容易に発明することができたかどうかを判断した審決の取消訴訟において、新たな資料Cを提出して引用例A、Bに引用例として資料Cを加えて、これら三つの引用例からこの発明が容易に推考できると主張することはできない」としているのである。

しかし、この場合でも、資料Cを審決で判断された引用例A、Bの内容を明確にするために、出願当時の技術水準を示す資料として、提出することは許される。ところが、原判決は、前記乙号証を、審決で判断された引用例の内容を明確にするために本件特許出願当時の周知技術として、原審に提出しているのではなく、これを審決で判断された引用例に新たな証拠として加えて、これらを合わせたものから、本願発明を容易に推考しうると判断したものであって、明らかに前記最高裁大法廷判決に反する判断である。

五、 (新たな証拠と引用例との関係)

1、 ここで、原判決について詳細に見れば、まず、乙第二号証と乙第八号証については本上告理由書三乃至五頁に示したように認定したうえでこれらより

〈1〉 太陽電池用の半導体装置の製造装置において、生産の多量化、高能率化の観点からは、反応室を連接した連続処理方式の採用が適していること

〈2〉 かかる方式にCVD法を採用した例が開示されていること

〈3〉 CVD法を採用した右装置において、汚染防止のために処理用雰囲気の異なる部所(工程)に隔離手段を設けた装置例が示されていること

〈4〉 連続処理方式で半導体装置を製造する場合、処理用雰囲気の汚染を可能な限り防止することが極めて重要な課題であるとの認識が指摘されていたこと

という周知の技術的事項があったと認定している(原判決二一丁表一行から二二丁裏四行)。

しかし、これらの認定は、いずれも審決に引用されている引用例とは関係のない事項についてのものである。なぜなら、右引用例のうち引用例一、二は、単一の反応室におけるプラズマ気相法の技術であり、引用例三、四は、蒸着法、スパッタリング法において反応室を連設したというものであるのに対し、右の乙第二号証及び乙第八号証によって認定された右周知技術は、〈1〉反応室を連接した連続処理方式における、〈2〉プラズマ気相法(CVD法)と、〈3〉その装置において汚染防止のために隔離手段を設けるというものであって、これらは引用例一、二とも引用例三、四とも異なる技術手段であり、引用例の内容を明確にするものでないからである。原判決は、むしろ引用例三、四に乙第二、八号証の周知技術を加えて、プラズマ気相法において、引用例三、四の技術を用いることは容易に想到できるものと判断しているのである。

又、原判決は、右証拠より、〈4〉連続処理方式で、処理雰囲気の汚染を可能な限り防止することが極めて重要な課題であるとの認識が指摘されていたと認定している。しかし、引用例三、四は、連続処理方式ではあるが、半導体製造技術に関するものではなく、しかもその中には汚染のことはまったく記載されでいないことを考えても、右証拠は引用例三、四の内容を明確にするものではないことは、明らかである。

2、 次に原判決は、乙第七号証から蒸着法及びスパッタリング法と気相法とは、いずれも半導体装置等の製造に適用される成膜技術として同一技術分野に属すること、及び気相法以外の方法においても、残留ガスの汚染防止が問題とされていたことが、本願出願前における周知の技術的事項であったと認定している(原判決二三丁二行から二四丁九行)。

しかし、乙第七号証は「金属表面技術便覧」という書物の抜粋であり、この書名からも明らかなように、これは金属表面の処理技術に関するものであって、薄膜生成技術といっても本願発明のような半導体自体を基板上に付着させて製造する薄膜技術とはまったく別の技術である。従って、この証拠は、半導体製造における薄膜生成技術の内容も、本出願当時のその技術レベルも示すものではない。

又、乙第七号証より認定している「気相法以外の方法においても、残留ガスの汚染防止が問題とされていたこと」についても、引用例三、四は汚染について何ら指摘をしていないのであるから、引用例三、四の内容を明確にするものではない。むしろ、引用例三、四に乙第七号証を加えて引用例三、四に示されている蒸着法、スパッタリング法等の気相法以外の方法においても、残留ガスの汚染防止が問題となっていることを導き出そうとしたものであって、明らかに前記最高裁判決の趣旨に反するものである。

3、 さらに、乙第六号証は、剃刀の刃のアレイに対するスパッタリング法による成膜処理における技術であり、引用例の技術とはまったく別のものであって、引用例の内容を明確にするものではないのである。

六、 (結論)

1、 以上の通り、原判決が援用している右乙号証は、いずれも、引用例とはまったく関係のないものであり、したがって、引用例の内容を明らかにするものではなく、むしろ原判決が、これを審決で判断された引用例に新たに加えて、これらを合わせたものから本願発明を容易に推考しうると判断しているのであり、明らかに前記最高裁判決に反するものであって、審決取消訴訟の審理範囲を逸脱している。しかも、これらの新たな証拠が提出されなければ、原判決の判断が異なったと考えられるから、原判決は前記最高裁判決に違背しており、原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきものである。

2、 なお、最高裁昭五五・一・二四(民集三四巻一号八〇号)は、審決取消事件において、新たに採用された証拠が周知技術を示すものであれば、審判手続で審理判断されていないものでも審決取消訴訟において提出できるとしている。

しかし、これでは、周知技術の名のもとに、審決取消訴訟において新たな証拠を採用して、これを審決で引用した引用例の内容を明確にするためでなく、これと右引用例を組合せて本願発明が容易に推考しうることになり、明らかに前記最高裁大法廷判決に反するものであって、認められないものである。

第四、 経験則違反に基づく特許法二九条二項解釈適用の誤り

一、 (新証拠の判断が経験則に反すること)

原判決は審決で引用されていない新たな証拠により、周知技術の認定をしているが、そのうち、乙第二号証と乙第七号証に記載されている内容についての判断は、経験則に反し、違法である。

1、 (乙第二号証の内容-1)

原判決は、乙第二号証によって、「太陽電池用の半導体装置の製造装置に反応室を連設した連続処理方式の採用が適していること」が周知であると認定している(原判決二二丁表五行~七行)。しかし、乙第二号証では、CVD法(プラズマ気相法)が用いられているのは、原判決も認めるごとく一個所(部所)だけであり(原判決二二丁裏五乃至八行)CVD法(プラズマ気相法)が用いられている反応室を連設しているわけではない。しかるに、原判決は、CVD法(プラズマ気相法)を用いた反応室が連設されたような認定をしており(原判決二二丁表六乃至七行)、それによって、CVD法(プラズマ気相法)による反応室の連設されていることを前提とするような判断をしている(原判決二八丁表六行)。これは明らかに経験則に反するものであり、違法な判断である。

2、 (乙第二号証の内容-2)

又、原判決な、乙第二号証によって、「CVD法を採用した右装置において、汚染防止のために処理雰囲気の異なる部所(工程)に隔離手段を設けた装置例が示されていること」を、周知技術として認定している(原判決二二丁表九行~一一行)。

そして、この隔離手段が、本願発明の反応室間の開閉手段と同様の構成を持ったもののごとく判断している(原判決二七丁裏一行、同二八丁八行)。

しかし、右の隔離手段は乙第二号証には何ら具体的な記載がないだけでなく、原判決も認めているよう、この隔離手段に外からの汚れの侵入を最小に保っためのものであって(原判決二一丁九行~一一行)、反応室間の汚染防止を目的にしたものではない。きらに、右隔離手段は、乙第二号証の図面及びその説明によると、ベルトコンベアが回動している各部所の間を隔離するというものであり、これが本願発明の開閉装置や引用例三、四の仕切り弁などのような気密性のある遮蔽板とはまったく異なるものである。これを本願発明の開閉装置と同様のものと想定することは明らかに経験則に反する認定であって、違法な判断である。

3、 (乙第七号証の内容-1)

次に、原判決は乙第七号証をもって、半導体における薄膜生成技術に関するものであると認定している(原判決二三丁表二行~五行)が、乙第七号証は、「金属表面技術便覧」の抜粋であり、その内容は金属表面処理としての薄膜生成技術であって、この中にも半導体に関する薄膜生成技術に用いられるという記載はない。乙第七号証は、他の物体に金属薄膜を生成させるものであるのに対し、本願発明や引用例三、四は、半導体を基板に付着させるためのものであり、これらはまったく別の技術である。

原判決は、乙第七号証を「半導体製造に利用される薄膜生成技術として」認定してるが、金属表面処理技術が何故に「半導体製造に利用することができる薄膜生成技術」となるかについては、何らその根拠を示していないのであり、これが経験則に反することは明らかであって、違法な判断である。

4、 (乙第七号証の内容-2)

又、原判決は、乙第七号証によって、「気相法以外の方法においても、残留ガスの汚染防止が問題とされていたこと」が、周知技術であると認定している(原判決二四丁裏六行~七行)。

確かに甲第七号証には、真空蒸着において反応ガスを蒸着槽内に導入し、反応蒸着を行なう場合の残留ガスの影響についての記載がある。

しかし、乙第七号証の六の五五二頁一九行ないし二六行の該当箇所を見れば明らかなように、乙第七号証が問題にしている残留ガスの影響とは、蒸着時の酸素圧力が膜の特性に微妙な影響を与えるため、ベルジャー(反応室)内の酸素圧力を一定にすることが重要であることから、酸素圧力(蒸気圧)に残留ガスの圧力が影響しないようにするということが必要であるということを述べているにすぎない。すなわち、あくまで酸素圧力(蒸気圧)の問題を取り上げているにすぎず、気相法のように、前の反応工程で生まれ、かつ、反応容器の内壁面に付着した反応生成物が、次の工程におけるプラズマ反応を引き起こし、それが汚染となり、形成中の次の被膜内に混入するという、汚染の問題を取り上げているわけではない。このことは、乙第七号証の六の該当箇所の表題が、「(2)雰囲気の圧力制御」となっていることからも明らかである。

従って、乙第七号証から、気相法以外の方法においても、残留ガスの「汚染防止」が問題とされていたことは、本願出願前における周知の技術的事項であったとの認定も、明らかに経験則に反する認定である。

5、 (結論)

結局、原判決は、乙第二号証について「太陽電池用の半導体装置の製造装置に反応室を連接した連続処理方式の採用が適していること」が記載されており、さらに「CVD法を採用した右装置において、汚染防止のために処理雰囲気の異なる部所(工程)に隔離手段を設けた装置例が示されていること」も記載されているのであって、これらは周知技術であると判断しているが、これらはいずれも経験則に反する違法なものである。

又、原判決は、さらに乙第七号証について、これを半導体製造に利用される薄膜生成技術であるとして判断しているが、これも、乙第七号証の中には全く記載されていない事項である。又、乙第七号証には真空蒸着について、反応ガスを蒸着槽内に導入し、反応蒸着を行う場合の残留ガスの影響についての記載がある旨の判断をしているが、乙第七号証にはかかる記載はなく、この点も経験則に反するものである。

原判決は、これらの経験則に反する判断を基にして、本願発明が引用例より容易に想到しうるとするものであり、これは明らかに経験則に反するものである。

二、 (本件発明と、引用例一、二との相違点が、容易に想到しうるとする判断が、特許法二九条二項の解釈適用を誤った点)

原判決は本願発明と引用例一、二との相違点を認定した上でその相違点につき、本願発明のプラズマ気相法と引用例三、四の蒸着法、スパツタリング法とは、同一技術分野であるこを理由として、引用例三、四より、半導体製造の多量化、高生産性の観点からみて、前記相違点に係る連続多室方式の採用が容易に想到可能とした審決に誤りがないと判断している。また、原判決は審決が本願発明の真空排気手段について、判断していないのに対し、これをも含めた形で容易想到と判断しているものと認定し、さらに、参加人の「本願発明がプラズマ気相法における汚染のメカニズムを解明したことによりなされたもの」する主張に対しても、本願発明は汚染原因の解明なくとも可能と認定して、これらより、本願発明の相違点が引用例三、四より容易に想到しうるとする審決に誤りがないと判断している。しかしこれらの認定はいずれも、経験則に反して違法なものであり、これらの認定に基づきより、本願発明の相違点を引用例三、四より容易に想到しうるとすることば特許法二九条二項を誤って解釈適用したものである。

1、 (本件発明と引用例一、二との相違点)

原判決は、まず本件発明と引用例一、二の相違点につき、次のように認定している。

「(二)、相違点

本願発明は、基板の移送方向に従って基板の取入室、少なくとも二つ以上の反応室及び基板の取出口を有し、各室には基板の通過時には開き、基板上に半導体層を形成している間は閉じる開閉手段によって隣接反応室よりの反応性気体の混入が防止される装置を使用し、右の連続して配置された反応室のそれぞれには、真空排気手段、反応性気体、導電型を決定する不純物の導入手段及び反応性気体を励起するための誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段が設けられているのに対し、引用発明一及び二は、真空排気手段、反応性気体、導電型を決定する不純物の導入手段及び反応性気体を励起するための誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段が設けられている装置を使用し、反応ガスや導電型を決定する不純物を順次置換することによって、所望の多層半導体層を積層する点」

2、 (引用例三、四の技術と本願発明が同一技術分野であるから本願発明の相違点は、引用例三、四より容易に想到するとした判断の誤りについて)

(一)、 (原判決の認定)

原判決は、前記のように、本願発明と引用例一、二との相違点を認定した後、引用例三、四において用いられている「蒸着法及びスパッタリング法」と本願発明の「プラズマ気相法」とは、同一技術分野に属するものと認定しているが、これは明らかに経験則に反するものである。

原判決は、前記の通り本願発明と引用例一、二の「相違点」について認定した後で、「まず、蒸着法及びスパッタリング法に関する引用例三、四は、前述したところから明らかなように、半導体装置等の製造に適用される成膜技術として本願発明と同一の技術分野に属するものということができるから、右各引用例に開示されている技術内容を本願発明に適用することは可能というべきである」と認定し、さらに「成立に争いのない甲第六号証によれば、右各引用例は従来のバッチ方式での処理を多大の設備費をかけることなく連続方式に近い方式で行なうことができるようにした生産性に優れた真空装置における資料搬送装置を提供するものであることが認められ、また、前記当事者間に争いのない右各引用例の記載によれば、右各引用例においては、基板の移送方向に従って基板の取入室、少なくとも二つ以上の反応室及び基板の取出室を設けること、並びに連続配置された反応室中に基板を通して、それぞれの反応室内で、隣接反応室間を遮断した状態で固有の被膜の作製を行なうことが開示されているのであるから、半導体製造の多量化、高生産性の観点からみて、前記相違点に係る連続多室方式の採用が容易に想到可能であるとした審決の認定判断に誤りがあるとはいえない」と判断している(原判決二五丁表一一行~二六丁表三行)。

(二)、 (乙第二、七号証により孔用例三、四の蒸着法、スパッタリング法と本願発明のプラズマ気相法が同一技術分野とする判断の誤り)

原判決において、引用例三、四の蒸着法、スパッタリング法と本願発明のプラズマ気相法が同一の技術分野に属するとする根拠は必ずしも明確ではないが、原判決において援用されている薄膜生成技術に関する証拠は、乙第二号証と乙第七号証に限定されている。よって、結局、原判決は、乙第二号証と乙第七号証をもって、引用例三、四の蒸着法、スパッタリング法と本願発明のプラズマ気相法が、同一技術分野である旨認定してることとなる。

しかるに、乙第七号証は「金属表面技術便覧」の抜粋であるから、この中に記載されていることは、金属の表面に関する技術であり、半導体に関するものではないのである。つまり乙第七号証は金属表面に関する技術としての薄膜生成技術としては「真空蒸着法」「スパッタリング法」「気相生成法」等があるというものであり、半導体における薄膜生成技術として、これらのものがあってこれらが同一技術分野に属するというような記載があるわけではない。

原判決は、右のような「金属表面に関する技術」を「半導体に利用される薄膜生成技術」と認定しているが、その理由はまったく、あげていない。

又乙第二号証は、たまたま「CVD法(プラズマ気相法)」と「電子ビーム真空蒸着法」「イオンスパッタリング法」を用いることができるといっているにすぎず、これのみをもって、これらが同一技術分野であるということはできないのである。

(三)、 (薄膜生成技術自体においても、引用例三、四の蒸着法、スパッタリング法とプラズマ気相法とは技術分野を異にするものであり、これを同一技術分野と認定した誤り)

そもそも、薄膜生成技術そのものとしても、蒸着法及びスパッタリング法と気相法とは大きく異なるのである。

すなわち、蒸着法は、高真空雰囲気内で金属・絶縁物などを加熱蒸発させ、その蒸発分子を基板面に凝固させる物理的手法であり、また、スパッタリング法は、不活性雰囲気内、主にアルゴンを槽内に流し、グロー放電を起こさせ、不活性イオンをターゲットに加速衝突させ、その運動量転換でターゲット物質が飛散し基板面に到達凝固させる電気的手法であるのに対し、気相法は、ガス状物質の化学反応(熱分解、化学合成など)によって固体状物質を基板上に堆積させる化学的手法である点で全く異なる。

すなわち、化学的手法である気相法では、基板上に堆積させる固体状物質は、ガス状物質の化学反応を利用するため、ほんの僅かな反応室壁から発生した反応性気体や隣接反応室から混入した反応性気体の存在でも、容易に化学反応を起こし、固体状物質層に不純物として混入するのである。これに対し、物理的手法である蒸着法や、電気的手法であるスパッタリング法では、不純物が雰囲気内に存在していたとしても、その不純物が蒸発分子やターゲット物質と化学反応するということはなく、蒸発分子が基板上で凝固する際、あるいは飛散したターゲット物質が基板上に到達凝固する際に、その近傍の不純物が堆積層に混入する可能性が有る程度で、しかも、不純物の濃度が薄ければほとんど無視できるものなのである。従って、不純物の汚染ということを考えた場合、蒸着法及びスパッタリング法と気相法とでは、汚染の機序及び問題にしなければならない雰囲気内の不純物(残留ガス)濃度のオーダーは、雲泥の差であり、全く異なるのである。

もっとも、蒸着法やスパッタリング法でも、化合物の蒸着法である反応性蒸着や反応性スパッタリング法などもある。そして、これらは活性ガス雰囲気中で行うという点で気相法と似た点を有してはいる。

しかし、これらは基板上で蒸発物質あるいはターゲット物質を活性ガスと反応させてその上で化合物の薄膜を作るもので、ガス状物質が反応室中のどこででも不純物と容易に化学反応をおこし、またガス状物質が反応室壁に付着していた不純物と反応しても、その不純物を反応室壁から再び反応室内に離脱させるものではなく、従って反応室壁に付着している不純物が反応ガスと反応して反応室内に離脱する気相法とは、全く別のものである

つまり、原判決は、気相法においては、ガス状物質がほんの僅かな反応性気体の存在でも化学反応を起こし、特に、反応室壁に付着していた不純物がガス状物質と再び反応して反応室壁から離脱して、反応室内に充満するということをほとんど考慮しなかったため、蒸着法及びスパッタリング法と気相法とを成膜技術として一つに纏めてしまったのであるが、汚染の機序及び問題にしなければならない不純物(残留ガス)濃度のオーダーは、蒸着法及びスパッタリング法と気相法とでは著しい違いがあり、この両者では明らかに異なるのである。

(四)、 (引用例一の記載によっても、引用例の蒸着法、スパッタリング法と本願発明のプラズマ気相法とは異なる技術であり、これを同一技術分野と認定した誤り)

しかも、引用例一によれば、「スパッタあるいは蒸着によって形成した非結晶質シリコン中のキヤリア寿命は、10-11秒程度であるのに対し、シラン中のグロー放電によって形成した非結晶質シリコン中のキャリア寿命は約10-7秒以上である。」(甲第四号証五欄四〇行から六欄一行)との記載があり、蒸着法やスパッタリング法で形成した非結晶質シリコンは、気相法(シラン中のグロー放電)によって形成した非結晶質シリコンよりも、シリコン中のキャリア寿命が非常に短く、半導体材料としては不適切であることがわかる。

そもそも、蒸着法やスパッタリング法は、電極などの金属薄膜や単層薄膜等の形成に用いられる技術であり、直接半導体を生成する技術としてはほとんど使用されていない。特にスパッタリング法で、既に形成された薄層の上に別の薄層を形成しようとすると、ターゲット物質がたたき出されて積層するため、ターゲット物質はかなりの勢いで既に形成された薄層に突き当たって埋まり込むことがあり、各層間の界面がきれいに形成されない。

従って、蒸着法及びスパッタリング法と気相法とを、半導体装置の製造に係る成膜技術として同一の技術分野に属するということはできない。

(五)、 (引用例三、四は本願発明とは、異質の技術である点)

又引用例三、四は、「蒸着法」、「スパッタリング法」が用いられているものであるが、この引用例自体は、半導体の薄膜技術に反応室が連設されたものが用いられたものではなく、単に実験用の試料に、金属薄膜を付着させるためのものであり、この点でも、半導体の薄膜を形成するための本願発明とはまったく異質の技術である。

(六)、 (結論)

以上の通り、引用例三、四は、単なる資料の表面処理に関するものであり、そこでたまたま「蒸着法」や「スパッタリング法」が用いられていたからといって、それを半導体の薄膜生成技術という別の技術に用いること、それも「蒸着法」や「スパッタリング法」とはまったく異なる技術である「プラズマ気相法」の技術に用いることは、当業者が決して容易に考え得るものではないのである。

3、 (審決が、各反応室に設置された真空排気手段について判断していないにもかかわらず、審決が右について判断したごとき認定をしたのは明らかに経験則に反する違法があるという点について)

(一)、 (原判決の認定)

本件審決は、本願発明と引用例一、二の相違点として、本願発明の各反応室に設置された真空排気手段をあげておきながら、これについての判断をしていない。つまり、本件審決は、本件発明の各反応室に個々に設置された真空排気手段が引用例三、四とは異なっていることを認めておきながら、これについて何ら判断することなく、本願発明を引用例一乃至四から容易と判断していることは、判断の遺漏があることは明らかである。

これに対し、原判決は、『審決が、相違点に関する判断において、本願発明の各反応室に設置された真空排気手段の点については明示的に言及していないが、審決は、真空排気手段の設置それ自体については本願発明と引用発明一、二との一致点と認定判断した上で、本願発明において、真空排気手段を連設した各反応室毎に設けた点を相違点と明確に摘示した上、相違点に関する判断において「それぞれの反応室内で、隣接反応室間を遮断した状態で固有の被膜の作製を行』うと認定判断していること、並びに、審決が明示的に取り上げているところの各反応室に反応性気体、導電型を決定する不純物の導入手段及び反応性気体を励起するための誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段と真空排気手段とを殊更区別して扱わなければならない理由が見出し難いことなどからすると、審決にこの点についての明示的記載がないとはいえ、各反応室毎に真空排気手段を設置することも含めて(なお、前記のように引用例一、二の単一反応室に真空排気手段が存することからすると、反応室を連設する場合、真空排気手段も各反応室毎に、設けることを着想することは、何ら格別の創意を要しない極めて自然な思考過程であるから、これが想到容易であることは明らかである。)、審決は、相違点についての本願発明の構成を想到することは当業者にとって容易であると判断したものと解するのが相当である』と認定している(原判決二六丁表四行~同裏一〇行)。

これは、審決が判断していないものについて、これを判断したかのように認定したものであるが、そこに記載されている理由は、審決の判断がなされていないものを、判断されたと認定できるような理由ではない。

(二)、 (原判決の根拠)

原判決は、「審決が各反応室毎に設置された真空排気手段について判断していないものを、判断したと解する」根拠として、(1)「審決は、真空排気手段の設置それ自体については、本願発明と引用例一、二との一致点と認定判断した上で、本願発明において、真空排気手段を連設した各反応室毎に設けた点を相違点と明確に摘示した上、相違点に関する判断において、それぞれの反応室内で隣接反応室間を遮断した状態で、固有の被膜の作製を行うと認定判断していること」と、(2)「審決が明示的に取り上げているところの各反応室に反応性気体、導電型を決定する不純物の導入手段及び反応性気体を励起するための誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段と真空排気手段とを殊更区別して扱わなければならない理由が見出し難いことなど」を挙げている。

しかし、これらの根拠はいずれも「審決が各反応室毎に設置された真空排気手段について判断したと解する」根拠にはなりえないものである。

(三)、 なぜなら、「真空排気手段の設置それ自体について、本願発明と引用発明一、二との一致点と認定した」としても、引用例一、二はともに、反応室が一つの場合であるから、複数の反応室について各反応室毎に真空排気手段を設けることについての判断とは、まったく無関係だからである。また、「本願発明において、真空排気手段を連設した各反応室毎に設けた点を相違点と明確に摘示したこと」も相違点を適示したというだけでは、各反応室毎に真空排気手段を設けることが容易であるという判断をしたかどうかということの根拠にはなり得ないからである。さらに、「相違点に関する判断においてそれぞれの反応室内で、隣接反応室間を遮断した状態で固有の被膜の作製を行うと認定判断したこと」は、真空排気手段とは、まったく関係のない事項であり、これと真空排気手段とがどのようにして、結びつくかわからない。よって、上記理由は、いずれも、審決が各反応室毎に真空排気手段を設けたことについて判断したとする根拠とはなりえないものである。

(四)、 原判決は、さらに、「反応性気体、導電型を決定する不純物の導入手段および該反応性気体を励起する為の誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段と真空排気手段とを殊更区別して扱わなければならない理由が見出し難いこと」を根拠に挙げているが、これは、他の手段と真空排気手段とを何等の根拠もなくして同一に扱うというものであり、承服できない。むしろ、本願のようなプラズマ気相法においては、審決で明示している「各反応室に反応性気体、導電型を決定する不純物の導入手段及び反応性気体を励起するための誘導エネルギー、熱エネルギーを加える手段」と「真空排気手段」とは、異なった扱いがなされるものである。なぜなら、プラズマ気相法において、真空排気手段は、反応室が複数あったとしても、特別な場合(例えば、反応室毎に時間的にずらして排気するような場合)をのぞけば、各反応室毎にまったく独立した装置により、別々に排気されるわけではなく、全ての反応室を同時に排気するようになっているのに対し、前記他の手段は、反応室が複数になれば、各反応室毎に分けて設けられるものであって、これらはその扱いがまったく異なるものである。

以上の通り、審決が本願発明の「真空排気手段」について判断していないのに対し、これを正当な理由なく判断したと認定していることは明白な経験則違反である。

4、 (本願発明がプラズマ気相法における半導体製造工程における汚染原因の究明がなくとも、可能であると判断したことの誤りについて)

(一)、 「(原判決の認定)

原判決は、「本願発明の相違点に関する構成は、気相法における半導体製造工程における汚染原因の究明なくして想到することは困難であるとの主張について」は「しかしながら、かかる汚染機序の解明とはかかわりなく、前項に認定したように、本願出願前に、真空蒸着法やスパッタリング法においては、高生産性、かつ、大規模生産の観点(本願発明もかかる観点を発明の一つの目的としていることは既に認定したとおりである。)から、反応室を連設する製造方式が周知となっており、そして、反応室を連設する場合においては、各反応室の処理雰囲気の汚染を可能な限り防止することが極めて重要な課題と認識されており、その手段として、各反応室間に隔離手段を設けることが示されていたこと、そして、これらの成膜技術と気相法とが同一の技術分野に属していることは前述のとおりであり、さらに、蒸着法やスパッタリング法においても、気相法のように、反応性ガスを導入して成膜を行う場合には、残留ガスによる汚染の影響が問題とされていたこと等が既に周知の技術的事項として明らかにされていたことなどからすると、前者における反応室を連設する製造方式及びそこにおける汚染防止手段が後者の製造方式に示唆を与えることは十分に可能というべきであり、これに基づいて相違点に関する本願発明の構成を想到することが容易であることは、既に認定したとおりである。

参加人、はその主張するような汚染原因、すなわち、主たる成分がSi1-XCXである半導体の積層において、Xの変化でエネルギーバンド巾を変えたり、導電型を決める成分元素を変えたりするのに際して、反応室壁から発生した反応性気体や隣接反応室よりの反応性気体の混入による、初めの層を構成すべき物質が次の層に混入して不純物となるという汚染の機序が解明されなければ、想到し得ないと主張するが、かかる汚染原因の解明とは係わりなく、多量生産の観点から、反応室を連設する方法及び各反応室毎の独立した真空排気手段等の汚染防止手段を想到することは可能であり、この場合に、汚染防止の観点から、各反応室を隔離する方法を採ることが要請されることは前記のとおりであるから、本願発明の相違点に関する構成は、参加人主張の汚染原因の解明の有無がなくても可能というべきである。」と認定している(原判決二七丁表六行~二八丁表一一行)。

(二)、 (高生産性と汚染の関係)

確かに反応室を連設することは、真空蒸着法やスパッタリング法においては高生産性のために有利であろう。しかし、反応ガスを用いるプラズマ気相法においては、高生産性をあげるためだけに反応室を連設するものではないのである。

すなわち、蒸着法やスパッタリング法では、一回の処理が終わると、蒸着の試料、あるいはスパッタリングの試料を取り替えなければならないため、その都度反応室の圧力を常圧まであげて、試料を変換した後に、又真空にしなければならない。このため、毎回真空にするための時間がかかる。これを引用例三、四のように反応室を連設すれば、それによって、反応室を真空にするための時間がかからない。つまり、蒸着法やスパッタリング法において生産性をあげるために反応室を多数設けようとした場合、反応室を連設することなくそれらを別々に多数並設したとすると、それぞれの反応室について、試料の出し入れの都度、真空にするための時間がかかってしまい、生産性はあがらない。

しかし、引用例三、四のように反応室を連設すると、それだけ真空にするための時間がかからず蒸着やスパッタリングをを含めた全体の時間が少なくてすみ、高生産性に結びつく。

しかし、反応ガスを用いるプラズマ気相法では、反応室を連設することなく、反応室を多数別々に設けたとしてもこの方法では、複数段の処理がなされる場合でも、一回の処理ごとに、蒸着法やスパッツタリング法のように試料を取り替える必要はないのでその都度真空にしたり、常圧にする必要もなくそのための時間も必要ではない。そのため、プラズマ気相法では、複数の反応室を用いて複数の処理をする場合でも、各処理工程で反応室を真空にするための時間が必要でないので、反応室を多数別々に設けた場合と引用例に記載された反応室を連設する場合とでは、反応室を真空にする時間は、ほぼ変わらず、従って、全体の処理時間も変わらない。従って、反応室を連設したとしても、反応室を多数並列に設けた場合と比べて、右の意味での高生産性につながることはないのである。

ただ、本願特許の明細書に、本願発明の目的として多量生産をすることも含めたのは、プラズマ気相法でも、これまでのように一個の反応室に反応ガスを出し入れして、基板に半導体層を形成するよりも連設した反応室を用いる方が生産性があがるからである。つまり、プラズマ気相法において、生産性を考えるだけであれば、反応室を複数個並設してもよいのであり、特に反応室を連設しなければねならないわけではない。すなはち、本願発明は、生産性を高めるためだけでなく、半導体製造装置において汚染防止をするためもあって、これら両者の目的のために、反応室を連設しているものである。

このように、蒸着法とスパッタリング法においては、反応室が一個の場合、蒸着又はスパッタリングさせる試料をその都度とりかえて処理しなければならないのに対し、プラズマ気相法は、反応室が一個の場合であっても反応ガスを入れ換えるだけで処理できるという決定的な違いがある。そして、このことから、前者では反応室を連設すれば生産性が向上するのに対し、後者では、反応室を多数設置することも、反応室を連設することも生産性向上の面からはかわりがない(反応室一個の場合に比べれば双方とも生産性向上になることはあきらかである。)のであり、汚染防止のために、反応室を連設しているのである。

この点から考えて、蒸着法とスパッタリング法において、生産性向上のために反応室を連設しているからといって、プラズマ気相法において、同様の理由だけから、反応室を連設する事が考え出されるわけではないのである。

この点でも原判決は明らかに判断を誤っているものである。

(三)、 (隔離手段)

又、原判決は、「各反応室の処理雰囲気の汚染を可能な限り防止する手段として核反応室内に隔離手段を設けることが示されていることを理由として、本願発明と引用例一、二との相違点が容易想到である」と認定し(原判決二七丁表一一行~同裏二行)、さらに「汚染防止の観点から各反応室を隔離する方法をとることが要請されることは前記のとおりであるから、本願発明の相違点に関する構成は、参加人主張の汚染原因の解明の有無がなくても可能というべきである」と認定している(原判決二八丁表八行~一一行)。

ところで、汚染防止上の点から各反応室に隔離手段を設けることが示されているのは、引用例三、四又は乙第二号証だけである。

しかるに、引用例三、四には、確かに反応室を隔離している仕切り弁はあるが、この引用例三、四には、汚染防止のことについては何等記載がなく従ってこの中に記載されている仕切り弁が汚染防止のためのものということは言えないのである。

また、乙第二号証には、確かに「異なる部所間には汚染を防ぐために隔離装置が設けられている」との記載はあるが、この隔離装置については、前にも述べたように具体的記載は一切なく、むしろ、乙第二号証のものは、同号証五頁(五一七頁)の図面及びその説明によると、同号証の装置は各部所に別れているが、これらの間をベルトコンベアーが回動しているものであり、このような部所間に設けられる隔離装置というのは本願発明のような、反応ガスが移動しないようにするための機密性ある隔離装置とはまったく別のものとしか考えられないのである。このような構造もわからないものによって、本願発明と引用例一、二との相違点が容易と考えることはできないし、本願発明の相違点に関する構成を汚染原因の解明の有無がなくてもよいとする理由にはならないはずである。このように、原判決が参加人の主張を退けることは明らかに経験則に反して違法なものである。

(四)、 (同一技術分野)

又一原判決は、真空蒸着法やスパッタリング法と気相法とは同一の技術分野であることも、本願発明と引用例一、二との相違点が容易に想到しうる理由としてあげている(原判決二七丁裏二~一〇行)が、真空蒸着法、スパッタリング法と本願発明のプラズマ気相法とが、同一技術分野でないことは前述した通り(本上告理由書二六頁~三五頁)である。

(五)、 (残留ガスによる汚染の影響)

原判決は、さらに「蒸着法やスパッタリング法においても、気相法のように、反応性ガスを導入して成膜を行う場合には、残留ガスによる汚染の影響が問題とされていたことが周知技術であるということも、本願発明と引用例一、二との相違点が容易に想到しうる理由にあげている(原判決二七丁裏三~一〇行)、が、蒸着法等において反応ガスを導入して成膜を行う場合に、残留ガスによる汚染の影響が問題とされていたことがないという事実についても、これまで述べてきた通り(本上告理由書二一頁~二二頁)である。

(六)、 (真空排気手段等について)

又、原判決は、「汚染原因の解明とは係わりなく、多量生産の観点から、・・・・・・各反応室毎の独立した真空排気手段等の汚染防止手段を想到する事は可能であり、この場合に汚染防止の観点から各反応室を隔離する方法をとることが要請されることは、前記の通りである」と認定してこれを参加人の汚染原因の解明の有無がなくても本願発明は可能という理由にあげている(原判決二八丁表六乃至七行)。

しかし、「多量生産の観点」から「各反応室毎の独立した真空排気手段等の汚染防止手段を想到することが可能だ」ということは、原判決の援用した証拠にも、原判決の認定にもないことである。

たしかに、多量生産の目的で反応室を複数個連設することは考えられるが、この場合は全反応室を一度に排気すればよいから、真空排気手段を各反応室ごとに独立して設ける必要性はないのである。この点でも、原判決は明らかに経験則に反する誤りをおかしている。

(七)、 (結論)

以上の通り、原判決のいう、「本願発明の相違点に関する構成は、参加人主張の汚染原因の解明がなくても可能とする」とする理由は、いずれも経験則に反するものである。

三、 (経験則違反に基づく特許法二九条二項の解釈適用の誤り)

以上の通り、原判決の認定は、いずれも経験則に反するものであり、判断を誤ったものである

すなわち、原判決は「乙第二号証及び乙第七号証についての認定を誤っており」、さらに、「蒸着法、スパッタリング法とプラズマ気相法が同一技術分野でないこと」は、これまで述べた通りであり、しかも「各反応室毎に真空排気装置を独立に設けた点は、審決がまったく認定していない点を経験則に反するような理由でこれを認定したかのように判断したもの」であり、また、「本願発明は、気相法における半導体製造工程における汚染メカニズムの究明なくして想到しえないとの参考人の主張も、経験則に反する理由でこれを退けている」のであって、これらの認定に基づいて本願発明を引用例から容易に想到しうるとしたものであるが、これが経験則に反することは明らかである。そして、かかる判断をなした原判決は、特許法第二九条二項を誤って解釈適用したものであって、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があり、破棄されるべきものである。

第五、 (結論)

以上のとおり、原判決は、最高裁大法廷判決(最判昭五一・三・一〇、大法廷民集三〇巻二号七九頁)に反し、審決取消訴訟の審理範囲を逸脱している違法があり、破棄されるべきものである。

また、原判決は、経験則に反する違法な認定を前提に、本願発明が引用例より容易に想到しうるという経験則に反する判断をしており、これは特許法第二九条二項を誤って解釈適用したもので、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があり、破棄されるべきものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例